No.5 Peniche,Caldas da Rainha,Alcobaca

2016.12.13 Tuesday 13:29
0

    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    漁村と温泉町での顛末

     

    Hot spring hospital Aspirator treatment 温泉病院 吸引治療

    Hot spring hospital Aspirator treatment 温泉病院 吸引治療

     

    昨夜、私たちが泊まったペンション1階のカフェで出会ったポルトガル漁師から漁船に乗せてもらう約束をしたのだが、あいにくシケとなり予定を変更、今夜9時にカフェで待ち合わせて漁港見学に連れて行ってもらうことになった。魚の水揚げの様子を撮影できるかも知れない。

     

    このペンションの名は「クリスタル」、とても綺麗な名称だがトイレは水びだし、部屋は日本のビジネスホテルよりもまだ狭く、椅子もおいてないので足の踏み場もなく荷物をベットの上に乗せる始末、あ〜あ。

     

    そのためか春子は部屋に居つかず、カフェで作家よろしくなにやら書き物をしている。奥村さんは壊されてしまったフラッシュを「完全修理できそうだ」と喜んでいる。

     

    今日は、夜の約束の時間までペニッシュからカルダス・ダ・ライーニャへと向かう。カルダス・ダ・ライ―ニャにはプラッサ・デ・リカブリカという大きな広場があり、早朝から青空市場が開かれている。 農家のおばちゃんやおじちゃんが、近くの村々から自前の農作物をもってやってくる。赤や緑のでっかいピーマン、日本では見たこともないピンク色をした長が〜い豆など。市場は、野菜、果物、チーズ、ソーセージ、パンでいっぱい。

     

    ここでもおばちゃんは元気印、何処に行ってもポルトガルでは女の人が男勝りの働きを見せる。リスボアの市場では魚河岸で75年も働いているおばちゃんに出会ったが、ここでもそういう人が沢山、ポルトガル女性の日常の姿なのだろう。

     

    今夜は夕食をとる暇がないと思い、直径30センチもあるパンを120エスクード、チーズ4分の1を270エスクードで買う。買い物を終えて駐車場に戻る途中、筒形をした緑色のトンガリ屋根でヨーロッパの街角でよく見かける広告塔のようなものに出くわす。

     

    よ〜く見ると、ドアにはオクパード(使用中)とリーブレ(空き)の文字を発見。なんと公衆便所なのだ。ポルトガルに来て初めて見る公衆便所、私たち3人は異常な好奇心。そこで奥村さんがトイレ内部の写真を撮ろうとドアを開けようとするが開かない。このトイレは硬貨を入れないと開かない仕組になっているのだ。早速硬貨を入れてみる。勿論みごとにドアは開いたが3秒程で自動的にドアは閉まってしまった。

     

    そこで誰かが体験使用してみようという事になったが、もしドアが開かなくなったらと、みなビビッている。すでにリスボアで雪隠詰めになった経験のある不肖・私めが体験使用することとあいなった。中に入るとユニットバスのトイレ版といったところか、真っ白でとても清潔、日本の公衆便所特有のアンモニアの臭いもない。

     

    仕様説明をよく読んでみると、使用後ドアが閉まった時点から15秒で室内全部から水が流れて洗浄すると書いてある。どうりでピカピカなわけだ。でも、立ち上がって15秒経つとトイレの自動ドアも開くしくみ、用足し途中で立ち上がる人は居ないと思うが何とも不安なトイレだ。日本も清潔で臭いのない公衆便所という点では機能もマナーも見習うべきだ。

     

    ところで、カルダス・ダ・ライーニャは、日本語に訳すと「女王様の温泉」となる。この町はヨーロッパでも一番古いオスピタル・テルマル(温泉病院)があることで知られている。日本では余り知られていないが、ポルトガルには日本人が大好きな温泉が沢山ある。

     

    病院は町の中心街にある大きな公園内にあり、町を一望できる高台にあった。玄関を入ると突然大広間になっていてプーンとイオウの臭いが鼻をつく。ローブを着た男女、子供、老人で大賑わい、特に年配の女性が多い。温泉病院では、気管支疾患治療の部屋、女王様の部屋、レセプションなどを撮影、その後ドクターにもインタビュー。

     

    1485年レオノール女王の命により作られ、病院と温泉が合体した画期的な施設と、より目のドクターは誇らしげだ。ここの鉱泉はリュウマチ、呼吸器疾患に特に効用があるとのことだ。そして、日本の鉱泉専門医も研究のために、しばしば訪れているそうだ。

     

    20分程のインタビューをしたが専門的な話が多く、私と奥村さん、勿論春子も目を白黒、ドクターは私たちが渡した3枚の名刺を横にきれいに並べて、本当にこの人たちは理解しているのだろうかという顔つきで、より目を一生懸命広げて私たちの表情を見回していた。

     

    ここは医学的根拠に基づいた真面目な温泉、日本人が歓楽街気分で訪れるとガッカリするだろう、現に温泉好きの奥村さんですら、入ってみたいとは言い出さなかった。

     

    夜、約束通りペニッシュのペンションに戻る。せっかく青空市でパンやチーズを経費節約のために買ったのだが、余りの寒さに我慢できず、カフェの暖かそうなスープ、ミルクコーヒー、パステス・デ・カマロン(ポルトガル風揚げ餃子)の誘惑に負けて食べてしまう。

     

    約束の時間は9時だったが漁師は現れない。少々過ぎた頃ヴァージニアという漁師の母親がやって来た。彼女の話では、この2〜3日シケが続き荷おろしがないので撮影は中止との知らせ。奥村さんは残念がることしきり、春子は盛り沢山のスケジュールのせいで疲労困憊。再び、私たち3人はオビドスを抜けてカルダス・ダ・ライーニャに引き返す。時刻はすでに夜10時になっていた。

     

     

    アルコバッサ初日

     

    Monastery of  Alcobaca アルコバッサ修道院

    Monastery of  Alcobaca アルコバッサ修道院

     

    今朝、ポルトガルに来て初めて雨が降った。アルコバッサ到着、この町は今までの町と違い道路が広く、交通量も比較的少なく、空気が澄んでいる感じがした。町の中央には、ゴシック様式のモステイロ・デ・マリア(修道院)がある。これが春子のかねてからのお気に入りの修道院で、日本でも知られる悲恋物語の主役ドン・ペドロとイネス・カストロの墓があることで知られている。

     

    教会の中では50代の観光案内人のおじさんが、東洋人来訪が珍しいとみえ、何かと説明をしてくれる。春子は水を得たりと日本で買ったガイドブックで読んだことをオウム返しに質問する。勿論、それを通訳するのだが、すでに判っていることを聞いても仕方がない。春子が一生懸命取材をしようとすればする程、私は厭になってきた。やっとのことで取材を終え、おじさんに礼をいって少々のチップをさしあげて別れた。

     

    昼食は、レストラン「セレイロ・ドス・フラデス」で食べることにする。久しぶりの美味しい昼食、私は「かじきまぐろの塩焼き」、春子は「いか」、奥村さんは「ステーキとフライドポテト」、ごはんにサラダである。「塩抜きで」と頼んだので普段の味が楽しめた。ポルトガル料理は一般的に北に行くほど塩辛く、量が多くなる、それにテーブルにつくと必ず直ぐにチーズやオリーブのオードブルが出る。私たちはチーズを食べることにした。

     

    ところが石のように固い、尋常な固さではない。ナイフを使っても切れない、周囲を気にしながら、やむをえずたたき割る。まるで石鹸を食べているみたいだ。奥村さんは自分から食べようと言い出した手前、1人で半分ほど食べたが、ついにリタイア。

     

    「なんでこんなチーズを出すのだろう」と話題沸騰。「きっと何度も客に出して乾燥してしまったんだ」、「外人だから文句を言わないとおもっているんだ」、「金もうけ、オーナーが効率主義者なんだ」などいろいろな意見が飛び出したが、結局本当のところは判らずしまいであった。

     

    アルコバッサの町は、アルコア川とバッサ川の交わる所にある。中世の十字軍遠征のおり、シトー教団の命によりキリスト教をポルトガルに普及させるために文化と農業を教え広めた歴史がある。この町は、その拠点として栄えメッカとなった土地だ。町外れには、沢山の陶器工場があり歴史を偲ばせる。

     

    工場はさんちゃん経営から大規模なものまであるが、どの焼き物もデザインと色は明るく楽しいが、焼きはあまい。でも、せっかく来たのだからとホテルの主人に陶器工場の住所を聞いて突撃取材。訪ねてみると一字違いの社名、それでも陶器工場には変わりないと厚かましくも取材を申し込む。快く承諾を得てなかに入ると、思いがけず私たちが探していた椿の花「ジャポネイラ」をパターン化したデザインの花瓶が見つかり、私たちは大喜び。

     

    夜、春子がヴィーニョ・ヴェルデ(ポルトガルのアルコール分の少ない若いワイン)を買ってくる。やはり私の口にはあわない。昨日カルダス・ダ・ライーニャの青空市場で買った大きなパンは、とても美味しく噛めば噛むほど深みがある、チーズも絶品。

     

    今日は奮発して4つ星ホテル「サンタ・マリア」1日6000エスクード、これまでの中では一番贅沢なホテル。しかし、部屋に案内されて驚いた、奥村さんの部屋の窓が半分ないのだ。この寒さなのに蝿が元気にブンブン飛ぶおまけつき。早速、ボーイを呼び別の部屋を用意させる。

     

    春子の部屋は一番大きく、壁色がパウダーブルーでコーディネイトされ、まるで女王様の部屋、彼女は満足の極み。私の部屋は豪華大理石のバスルーム、だが、お風呂に入ってバスタブにお湯を入れようにも蛇口からは何時までたっても冷たい水しか出てこない。またまた電話で文句を言うが「その内出ますよ」とつれない返事。結局、ぬるま湯が限界、しょうがなしに風呂に入る決心、結果、風邪ぎみとなる。「これでも4つ星ホテルか」と叫びたくなった。

     

    (重要)ここに掲載する記事、写真等は全て著作物です。

    著作権法に従って無断転載を禁止します。記事を利用される方はご連絡お願い致します。