No.27 Lisboa,Tokyo

2016.12.26 Monday 19:28
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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    雨の日は続く、そして空港へ

     

    Lisbon airport リスボア空港

    Lisbon airport リスボア空港

     

    10月30日(日曜日)、天気予報は一日中雨。昨日と同様、アモレイラス・ショッピングセンターへと出かける。奥村さんの部屋は道路に面しているので、騒音で睡眠不足となり、ヨロヨロとした足取りで歩く。昼食は、またもや中華レストラン。私はポルトガル料理が恋しくなって来ていたが、奥村さんが「しつこい食べ物はもういやだ」と受け付けないので仕方がない。

     

    今日は、映画「ジュラシック・パーク」を観ることにした。映画館は長蛇の列。ティーンエイジャーや子供連れの姿が目立つ。料金表には毎週火曜日は映画特別日、350エスクードで観られると書いてある。日本でも、こんな粋なはからいをしてくれる映画館があれば良いのに。現在は、日本でも同様のサービスが行われるようになった。

     

    この映画は、コンピュータグラフィックスやSFXをふんだんに駆使した新しいタイプの映画だ。子供たちは恐竜が出てくると「ワーワーキャーキャー」と騒ぎ、それは喧しい、そして恐竜の世界に吸い込まれていくらしい。どこの国も変わらぬ光景だ。

     

    帰りにブラジルのリオの観光スポットのような名前のスーパーマーケット「ポン・イ・アスーカル」でオリーブとパルミット(やしの若芽)のかん詰めを買う。そして、ちょっと贅沢してタクシーに乗って帰る。タクシーメーターは日曜日なので日中でも夜間運賃となりタリフ2を指している。

     

    運転手は先般の雲助運転手とは違い、とても感じが良い。今晩で42日間滞在したポルトガルともお別れだ。ポルトガルのみなさん、ありがとう。

     

    11月1日、やっと日本に帰る日がやって来た。余りの嬉しさでベートーベンの「喜びの歌」でも歌いたい気分。フライトは、エールフランス1281便、18時15分離陸である。ペンション・ナザレを12時にタクシーで出発、降り続いた雨もやっと止み清々しい。

     

    今日は月曜日だが「万聖節」で休日なので、タクシーは2の夜間タリフで運転する。何時も私たちを悩ませたプラッサ・エスパニョーラも、今となっては懐かしい。交通渋滞もなくスイスイと空港に着く。ペンションから空港までは700エスクードだったが、沢山の荷物にも文句を言わず運んでくれた運転手に感謝の意を込めて500エスクードを礼として渡す。

     

    運転手は大喜びで「僕が荷物を全部降ろすから、そこで待っていて下さい」とサービス満点。感じの良い運転手でよかった、晴れの帰国する日に雲助運転手に気分を害されたくはない。午後6時の搭乗時間まで5時間もあるので、空港レストランに入って昼食をとる。緑色のジャケットを着たツンとすましたウェイターが我々を席に案内、うやうやしくメニューを渡す。

     

    メニューを見てビックリ、ほとんどの料理が2000エスクード以上と高価だ。空港に着いてすぐにエスクードをフランに両替してしまった後なので、手元には5500エスクードしか持ち合わせがない。グズグズしている私たちにウェイターは、すかさず「プラト・ド・ジィア(定食)は如何ですか、今日は子豚の丸焼きですよ」と言う。定食は割安なのが常識なので「じゃ、それを2つ」。

     

    注文をしたものの心配になり、ウェイターに「定食はいくら」と尋ねる。ウェイターはニッコリとして、2700エスクードでございます」と応える。所持金は5500エスクードだから、どうみても2人分だと足りない。

     

    もう一度メニューをもらって、1700エスクードの前菜、シュリンプカクテル、メインディッシュ、豚とプラムのローストを再注文する。今は好き嫌いを言っている場合ではない。妙なオーダーをする東洋人をウェイターは怪訝な目で眺める。「旅の恥はかきすて」の心境だ。食事の支払いを済ませると、サイフにはジャラ銭がわずかに残った。

     

     

    オブリガーダ アテ ブレーヴェ

     

    Child & Cat 子供と猫

    Child & Cat 子供と猫

     

    11月1日18時15分のフライトは、16時20分からチェックインが始まる。禁煙座席をリクエストするのを忘れたので喫煙シートが来てしまった。変えて貰うのも面倒だ、それに搭乗出来ただけでも感謝しなければならない。

     

    パリまでの飛行時間は2時間30分、隣にチェーンスモーカーが来ないことを祈ろう。夕方になるにつれ空港は混雑し始める。リスボア空港は搭乗者以外チェックイン・カウンターに入れないので、見送りに来た人はカウンター前で「さようなら」をしなければならない。

     

    出入国管理局でパスポートにスタンプを貰ってからエスカレーターで階上の待合室へと向かう。待合室までの通路にはキャビア・ハウス、アルテザナート(工芸店)、アガーシュテルン(宝石店)、免税店、ヴィスタ・アレグレ(陶器店)、食品店が出店している。何処の空港でも同様だが、町中の値段よりもずっと高い。

     

    椅子に座ってフライトを待っていると、騒がしく「キャーキャー」と走り回る日本人の子供がいる。親は、他の乗客に迷惑がかかっているのに注意する様子も見られない。人が嫌な顔をしていても知らんぷり、まったく呆れる。何処の空港でもこういう光景は見られるが、残念なことに子供を我儘放題にさせているのは、いつも東洋人である。

     

    日本は先進国だと誇っているが、マナー教育においては最後進国といって良いだろう。搭乗手続きが始まり機内に入る、臨時便のせいで席は空いているようだ。喫煙座席も全席禁煙と表示されているので心配することもなさそうだ。

     

    まもなく離陸、我が町のように歩きまわったリスボアの町が下界に広がる。高度を上げるにつれて荒涼とした風景も上空からは健康的な茶褐色の大地に見える。「ポルトガルの太陽と笑顔を忘れないでね」と語りかけているような気がする。

     

    早く帰りたいとあれほど望んでいた私だったが、ポルトガルに後髪をひかれる思いだ。ポルトガルとはそういう情愛に満ちた国なのである。「ありがとうポルトガル、ありがとう明るく優しい友よ、オブリガーダ アテ ブレーヴェ」。 

     

    ポルトガル42日間の旅から長い歳月が流れた。その間、欧州連合の統一により、ポルトガル貨幣がエスクードからユーロになり、ポルトガルにも大きな変化が起きた。あの頃のポルトガルは、ファックス10枚送信する代金と3星ホテル一晩の宿泊費が同じだったことに驚かされた。確かに電化製品やハイテク機器はとても高価であったが、生活必需品の野菜、肉、魚介類などの食品は安価であった。

     

    最近の日本の傾向は、ハイテクを駆使し便利になることが人間を幸せにするという考えが世間の常識となっている。果たして、日本人の目ざす方向は人間にとって幸せなことなのだろうか。ポルトガルは、日本に比べると物質的、経済的には貧しかったかもしれない。しかし、私たちがポルトガルで感じたのは、人々の心の温かさ、寛容さ、私が子供の頃に感じたよい意味でのお節介。今、日本の社会で失われてしまったものが、まだ沢山ポルトガルには残っていた。

     

    ポルトガル42日間に同行した春子の事を、当時は自分勝手な人だと思っていたが、今世間を見渡すと同じような性格の人々が山ほどいる。春子は、その走りだったのではないだろうか。先日、2人の若い母親が道端にたたずみ携帯電話に夢中になっていた。地ベタに赤ん坊がいて母親の足にすがりつこうとしていたが、彼女は視線すらあわせずに携帯に見入っていた。乳母車を押して散歩する母親も手には携帯、忙しく指を動かしていた。

     

    長い海外生活から日本に帰国した時は、スピードの早いハイテクだらけの東京に違和感を抱いていた。当時、私が「日本はおかしい」と話しても、あの奥村さんですら「日本はこうなのだから」と私を諭した。

     

    この旅で出会ったポルトガルの人々は、この社会変化にどう向き合って暮しているのだろうか。昔のままなのだろうか。是非、もう一度ポルトガルを訪れ、彼らに再会したいと思っている。もし、彼らが昔のままだったら、今度こそ大声をだして「日本社会はおかしい、ポルトガルを見習うべきだ」と日本人に訴えたい。最後になりましたが「ポルトガルの窓から日本が見える」を読んで頂いた皆様、ありがとうございました。

     

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