No.25 Lisboa

2016.12.25 Sunday 18:20
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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    アルファ・ロメオで誘拐されるの巻

     

    Casa dos Bicos(House of spikes) カーザ・ドス・ビッコス(口ばしの家)

    Casa dos Bicos(House of spikes) カーザ・ドス・ビッコス(口ばしの家)

     

    やっと水曜日になった。もう取材する場所もなく、観光地も見尽くした感がある。私たちにとってのリスボアでの最後の観光めぐりに出発することにする。まずは、カーザ・ドス・ビッコス(くちばしの家)。ロッシオ広場までメトロで行き、ルア・ダ・プラタ(銀通り)をテージョ河の方へ下ると「カーザ・ドス・ビッコス」がある。

     

    この建物はインド副王アルブケルケが建てたもので、1755年の地震による高波にもビクともしなかったと言う歴史的建物だ。ビッコとはポルトガル語で「鳥のくちばし」の意で、その名の通り外壁が鳥のくちばしのようにピョコピョコと飛び出ているので、そう呼ばれているのだという。命名が可愛いので気に入った。

     

    カーザ・ドス・ビッコスの裏道は狭く、古い建物が密集している。奥を覗くと暗い室内で男が1人、もくもくと働いている。ここは、創業215年を迎える老舗の秤製造会社「ロメオ」だ。アズレージョには、創業年にあたる1778年という数字が刻まれているのに加え、その当時の様子が細密な絵で描かれている。

     

    昼からは以前に取材した「コンフェタリアア・ナショナル」社長の息子(名前は父親と同じでルイ・ヴィアナ)と会う。彼はリスボアを代表する近代的なショッピングセンター「アモレイラス」で3軒のブティックを経営するバリバリのビジネスマンである。

     

    彼は開口一番「私のオフィスに来て下さい」と言う。彼のオフィスは、リゾート地・カスカイスとリスボアの中間にある町・パレデにある。レンタカーを返却して足もないので、私たちは気が進まず、体よく断わろうと生返事をしていた。すると突然、彼は自分の車にさっさと乗り「さあ、行きましょう」と言う。

     

    奥村さんと私は、てっきりペンションに送ってもらえるものだと思い込み、ピカピカのアルファ・ロメオに乗り込んだ。ところがどうしたことか、彼はリスボアの町を離れ高速道路に入るとビュンビュンと猛スピードで車を飛ばし始めた。

     

    一体何処に連れて行かれるのか判らない、誘拐される人の気分だ。気がつくと、彼のオフィスの前だった。オフィスは海岸に面した見晴らしの良い2階建ての真新しい住宅である。彼の執務室からは、地平線に沈む夕日が美しく眺められる。

     

    日本とポルトガルのビジネスについて1時間ほど意見交換をする。話が終わると、彼は「リスボアにはタクシーでお帰りなさい」といとも簡単に言う。自分が私たちの意向もきかずに勝手に連れて来ておきながらツレナイ態度。

     

    リスボアまでは、相当な距離があるのでタクシーではいくらかかるのか判らない。この金縮引き締め政策の折、コンボイオ(電車)で帰ることにする。車内は閑散としていて、堅い座席は昔の日本の汽車を思い出させる。電車は立っているのが困難なほどガタガタとひどく揺れる。今の私たちの情けない気持ちを象徴しているかのようだ。

     

    所要時間30分でリスボアのカイス・ド・ソドレ駅に到着。料金は、1550エスクードであった。何故、彼は私たちの意向を無視してオフィスに連れて行ったのか、未だに判らない。

     

     

    カルモ修道院

     

    Cat of Carmo monastry カルモ修道院の猫C

    at of Carmo monastry カルモ修道院の猫

     

    今日も、エールフランスで28日以降と言われたがティケットオフィスにしつこく行ってみる。窓口の女の人も親切に相談に応じてくれた結果、11月2日のフライトにブッキングしてくれる事になりホッとする。しかし、ストは続行中なのでまだ安心はできない。日曜日にもう一度、リコンフォーメーション(再確認)をしなければならない。それにしてもあと4日間もある。

     

    まだ訪れていないコンヴェント・デ・カルモ(カルモ修道院)に行く。ロッシオ広場から胸突き坂をハアハアと登ると、そこに修道院はあった。奥村さんは、私が何度「カルモ修道院」と教えてもカルガモ修道院と言って私を笑わせる。入場料300エスクードを払い中に入ると、平日のためかひっそりとしている。

     

    柱と骨格だけが残って壁などが崩れ落ちているので、まるで建物のガイコツといった感じだ。1755年の大地震で修道院の屋根などが崩れ、補修もせずにそのままになっているのだ。廃墟には草花が生え、それが妙にデザイン的で不思議なハーモニーをかもし出す。

     

    天高くカーブを描くアーチ状の柱は、青空に映えて美しい。瓦礫では、三毛猫が毛づくろいをしながら日向ぼっこをしている。観光客なれしているのだろうか、人見知りせずに擦り寄ってくる。修道院の奥は考古学博物館で、ミイラがガラスケースの向こうから私を見つめている。静かでそよ風の音まで聞こえて来そうで、何時間いても飽きない。

     

    これがリスボアの時の流れなのかも知れない。ゆっくりとなだらかな石畳の道を下るとロッシオ広場に出る。4日間乗り放題のパッセ・トゥリスチコをまた買う。1350エスクードでバス、コンボイオ、エレトゥリコ、市内であれば何処にでも行くことが出来る便利で経済的な乗り物パスだ。

       

    早速17番サン・ジョアン行きのエレトゥリコに乗ってみる。すると突然急停車。窓から客がヤジ馬根性丸出しで首を出す。私も覗いてみると自動車が市電のレールの上に駐車しているではないか。運転手は「ファンファン」と警笛の紐を引っ張り何度も鳴らすが音沙汰無し。

     

    運転手も慣れているらしく、怒りもせず根気よく待っている。大分経って自動車の持ち主が現れ解決、「出発進行!」市電はアヴェニーダ・アルミランテ・レイスの通りをどんどんと登る。この路線の終点はアロイオスだ。ここは道幅が広く、新しいリスボアを象徴している。そして新しいポルトガルの生活の匂いも感じられる。

     

    夜は退屈しのぎに美味しいものを食べたくなったので、フロントのカリモに聞いてみる。「それなら僕の推薦のインド料理はどう」と言われ、即決定。アヴェニーダ・リプブリカから空港方面行きのバスに乗って7駅進むと、カリモお勧めのインド料理店のあるエントレ・カンポ・ノルテ停留所がある。バスは満員、半数以上が黒人客。ここがポルトガルかアフリカなのか錯覚を起こしてしまいそうだ。

     

    バス停で降りてIBMの大きなビルを越えた角を右に曲がるとアヴェニーダ・ダ・イグレージャ通り。そこにインド料理店「ナトラージ」がある。店の主人はこの道20年のベテラン、以前はロンドンでレストランを経営していたこともあって英語が通じる。久しぶりに奥村さんは大喜びして能弁となる。海老カレー、マッシュルーム、ほうれん草、それにご飯、前菜にはサモサを注文。値段は他の店より少し高めだが、味は絶品。

     

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