ポルトガルの窓から日本が見える No.49

2016.12.25 Sunday

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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

     

    Casa dos Bicos(House of spikes) カーザ・ドス・ビッコス(口ばしの家)

     

     

    アルファ・ロメオで誘拐されるの巻

     

    やっと水曜日になった。もう取材する場所もなく、観光地も見尽くした感がある。私たちにとってのリスボアでの最後の観光めぐりに出発することにする。まずは、カーザ・ドス・ビッコス(くちばしの家)。ロッシオ広場までメトロで行き、ルア・ダ・プラタ(銀通り)をテージョ河の方へ下ると「カーザ・ドス・ビッコス」がある。

     

    この建物はインド副王アルブケルケが建てたもので、1755年の地震による高波にもビクともしなかったと言う歴史的建物だ。ビッコとはポルトガル語で「鳥のくちばし」の意で、その名の通り外壁が鳥のくちばしのようにピョコピョコと飛び出ているので、そう呼ばれているのだという。命名が可愛いので気に入った。

     

    カーザ・ドス・ビッコスの裏道は狭く、古い建物が密集している。奥を覗くと暗い室内で男が1人、もくもくと働いている。ここは、創業215年を迎える老舗の秤製造会社「ロメオ」だ。アズレージョには、創業年にあたる1778年という数字が刻まれているのに加え、その当時の様子が細密な絵で描かれている。

     

    昼からは以前に取材した「コンフェタリアア・ナショナル」社長の息子(名前は父親と同じでルイ・ヴィアナ)と会う。彼はリスボアを代表する近代的なショッピングセンター「アモレイラス」で3軒のブティックを経営するバリバリのビジネスマンである。

     

    彼は開口一番「私のオフィスに来て下さい」と言う。彼のオフィスは、リゾート地・カスカイスとリスボアの中間にある町・パレデにある。レンタカーを返却して足もないので、私たちは気が進まず、体よく断わろうと生返事をしていた。すると突然、彼は自分の車にさっさと乗り「さあ、行きましょう」と言う。

     

    奥村さんと私は、てっきりペンションに送ってもらえるものだと思い込み、ピカピカのアルファ・ロメオに乗り込んだ。ところがどうしたことか、彼はリスボアの町を離れ高速道路に入るとビュンビュンと猛スピードで車を飛ばし始めた。

     

    一体何処に連れて行かれるのか判らない、誘拐される人の気分だ。気がつくと、彼のオフィスの前だった。オフィスは海岸に面した見晴らしの良い2階建ての真新しい住宅である。彼の執務室からは、地平線に沈む夕日が美しく眺められる。

     

    日本とポルトガルのビジネスについて1時間ほど意見交換をする。話が終わると、彼は「リスボアにはタクシーでお帰りなさい」といとも簡単に言う。自分が私たちの意向もきかずに勝手に連れて来ておきながらツレナイ態度。

     

    リスボアまでは、相当な距離があるのでタクシーではいくらかかるのか判らない。この金縮引き締め政策の折、コンボイオ(電車)で帰ることにする。車内は閑散としていて、堅い座席は昔の日本の汽車を思い出させる。電車は立っているのが困難なほどガタガタとひどく揺れる。今の私たちの情けない気持ちを象徴しているかのようだ。

     

    所要時間30分でリスボアのカイス・ド・ソドレ駅に到着。料金は、1550エスクードであった。何故、彼は私たちの意向を無視してオフィスに連れて行ったのか、未だに判らない。

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