No.24 Lisboa

2016.12.24 Saturday 19:04
0

    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    リスボアの雲助タクシー

     

    Taxi タクシー

    Taxi タクシー

     

    日本にいる感覚で歩き回っていたら想像以上の距離があり、グッタリと疲れたのでバス乗り場へと向かう。その時、1台のタクシーがゆっくりと私たちの前を通りかかった。渡りに船とタクシーに乗り込む。乗ったのはよいが、どうも様子が怪しい。タクシーメーターをシフトギヤーに手を置いて隠そうとしている。

     

    私は身を乗り出して覗き込むと、メーターはすでに500エスクードを表示している。リスボアのタクシーは250エスクードで始まり、よっぽど走らないと500エスクードにはならないのだ。タクシータリフは、1、2、3、の番号を使い分ける。1は日中、2は夜間、3はリスボア郊外と決められている。

     

    「市内は250エスクードで始まるのに、何故500エスクードになっているの」と運転手に問いただす。彼はビクッとして苦笑いをしながら3の番号を慌てて1に戻した。彼には、私たちが何も知らない馬鹿な東洋人ツーリストと見えたらしい。ベレン地区には観光客が多いので、こうしてボロもうけする雲助運転手に違いない。

     

    「こんな雲助タクシーを許してなるものか、降りよう」潔癖症の私は怒った。奥村さんは「いいじゃないか、疲れたから乗っていようよ」と悠長なことを言って私を一層不機嫌にさせる。そうこう言い合いをしている内にペンションまで来てしまった。怒りの収まらない私は、840エスクードを運転手に払いながら「今度は正直にチャージしなさいよ」と捨て台詞をはいてドアを思い切り強くバタンと閉めた。

     

    何処の都会にも悪い奴はいるものだ、それにしても奥村さんの典型的日本人の態度「泣き寝入り」は一体何たること。日本人は、これだから外国人に馬鹿にされるのだ。「悪いことは悪い」とハッキリ発言せずには、決して国際人になれないことを知るべきだ。

     

    昨今は大勢の日本人が海外旅行を経験しているが、団体旅行でコンダクターに全て頼りっぱなしのツアーが多い。ツアーは良いとしても、せめて問題が起きた時ぐらいは他人に頼らず、自分の意見をはっきりと伝える確固たる姿勢で挑むべきだ。「海外旅行すれば国際人」というのは、大きな間違いだ。

     

    ペンションに戻るとカリモがフロントに居たので、早速ことの顛末を話す。「そいつは雲助運転手だよ」と彼も言う。私が余りにもプリプリ怒っているので、カリモは「運転手が悪い、もしポルトガル語ができなかったら、もっとボラれていたぞ」と何度もなぐさめるように言う。

     

    思い起こせばタクシーの運転席には、マリア像と十字架のロザリアが吊ってあった。「偽善者め!」こんな恥ずべき事をしておきながら、日曜日には平気な顔をして教会で懺悔(ざんげ)するに違いない。

     

     

    エアラインのストライキ

     

    Liverdade Avenue リベルダーデ大通り

    Liverdade Avenue リベルダーデ大通り

     

    ストの事が心配なので、今朝はアヴェニーダ・リベルダーデにあるエールフランスのティケットオフィスに行ってみる。ひょっとしたら他の航空会社にエンドースして貰えるかもしれないと思ったからだ。オフィスに行くと数人の客がエンドースのために並んでいる。

     

    私たちの切符は、エールフランスの好意で取材のために提供してもらったものだ。この種の切符は、通常エンドースなど出来るはずもないが、病気や急用などの場合には特別な処置が取られることもあるのだ。体調が悪い奥村さんをだしに「彼が病気で」と大袈裟に言ってみたが駄目だった。

     

    「28日までは飛行機が全便キャンセルなので、それ以降に来て下さい」とあっさり断られてしまった。もうレンタカーも返してしまったし、あと4日間どうして過ごしたら良いものか気が重くなる。 帰りにスーパーマーケットで昼食用の買い物をする。リスボア滞在が長引くようなら経費も節約しなくてはならない。パン、ソーセージの缶詰、野菜の酢漬け、トマト、レタスを購入。

     

    レドンドで買った絵皿に並べると結構さまになる。こんな役に立つとは思わなかった。昼食後、奥村さんはカメラを持って何処かへ出掛ける。私は歩いても行けるグルベンキアン美術館を訪ねる。抽象画には余り興味がないのだが、間違って現代美術コーナーへ入ってしまった。

     

    そこにはピカソの初期の素描が沢山展示されている。晩年のビカソのイメージとの相違が興味深かった。同館の2階には、土による家の建て方を説明する技法が展示されている。それにはセメント・鉄骨と違って安価なので「ホームレスの人達に、もっと土の家を奨励するべきだ」と書かれている。地震の多い日本に暮らす私には「とんでもない発想」と思えるのだが。

     

    美術館を出てペンションに向かって歩いていると、ラッシュアワーなのだろうか、「ブーブー」と渋滞に巻き込まれた車が警笛を鳴らし続けるので鼓膜が破れんばかりに喧しい。夕食は昼に見つけたピッツァ屋へ行く。奥村さんの話題はもっぱらストの事。平静を装っているが、やはり彼も相当気になるらしい。

     

    (重要)ここに掲載する記事、写真等は全て著作物です。

    著作権法に従って無断転載を禁止します。記事を利用される方はご連絡お願い致します。

    Comment








       

    Calender
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30      
    << September 2018 >>
    Google Analytics
    広告
    Selected entry
    Category
    Archives
    Recommend
    Link
    Profile
    Search
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM