No.22 Sintra,Guincho

2016.12.22 Thursday 13:46
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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    トゥーリスト・トラップ

     

    Palacio de Queluz ケル-ス宮殿

    Palacio de Queluz ケル-ス宮殿

     

    エボラを過ぎてリスボアに入って以来、今日まで晴れの日が続く。ポルトガル北部と違って、リスボアはコスタ・ド・ソル(太陽の海岸)と呼ばれるだけのことはある。晴れていると気持ちも明るくなってハイキングにでも出掛けたくなる。今日は、日本人旅行者も多く訪れる観光地、ケルース宮殿、シントラ、ギンショの浜に行くことにする。

     

    リスポアから西北に15キロ離れたケルースには、ベルサイユ宮殿を模したパラシオ・デ・ケルース(ケルース宮殿)がある。宮殿は薄いビンクとベージュのポルトガルカラーでコーディネイトされている。ここはドナ・マリア一世の夫ドン・ペドロの命により、18世紀中頃に建造が始められたが、1807年ナポレオンの侵入によって工事が中断されたといわれる。

     

    庭はフランスとイタリア様式の混合で、女性の顔とライオンの胴体が結合された像などがシンメトリーに置かれている。庭の緑の木々や花々は綺麗に刈られ、中世の音楽でも聞こえてきそうな美しいハーモニーをかもし出す。

     

    宮殿を出て細い山道を登って行くとノロノロの大渋滞。今日は休日、日本と同じように人々が一斉に観光地を目指すのだからどうしようもない。抜け道もないので我慢して車に乗り続ける。長時間座っていたので腰が痛くなり駐車して一休みする。

     

    背筋を伸ばそうとして上方を眺めると、パラシオ・レアル(王宮)の円錐三角形をしたグロテスクな2本の煙突がニョッキリと見えた。王宮の煙突は台所の換気のためで、当時は牛1頭をまるごとバーベキューにする時に使われていたという。台所には、槍のように太い大きな串が3本置かれ、その長さを見ると想像を絶するものがある。

     

    ここには、天正少年使節が招待された白鳥の絵を描いた「白鳥の間」や赤いバラをくわえたカササギが天井いっぱいに飛んでいる「カササギの間」がある。ジョアン一世が女官を誘惑している所を王妃に見られ、その言い訳に、それらの絵を描かせたと伝えられている。チャペルには壁一面に鳩が描かれ、ここはまるで鳥の楽園だ。

     

     

    Kite 凧

    Kite 凧

     

    いつの日か一度は訪れてみたいと思っていた「カーボ・デ・ロカ」(ロカ岬)へと足をのばす。ここは日本の観光地と違い、看板も標識もまるでない。山道を不安になりながらドライブすると、ポツッポツッとレストランが点在する。

     

    昼食時間になったのでシーフードレストランに立ち寄る。メニューを見ると、とてつもなく高い。それもそのはず料理はすべてキロ売りなのだ。例えば、ガンバのグリル(車エビのグリル)キロ5900エスクード。1キロでどれだけの量が来るのかもわからないので、2人で12匹を注文することにした。車エビ12匹で3950エスクード也。

     

    この店の客は、リゾート地・カスカイスに住む金持ちのポルトガル人とヨーロッパから移住してきた人達で占められている。店内ではフランス語と英語が飛び交っていた。味はマアマアたが、外人ずれしているのかサービスも感じもあまり良くない。でも、繁盛しているところを見ると、こういうレストランが流行しているのかステイタスと感じているのか、どちらかに違いない。

     

    日本でも、この種のレストランは良く見かけるが、商売が長く続いた例は少ない。レストランを出て目と鼻の先のロカ岬に向かう。山道を抜けると突然海原が視界に広がる。ここがヨーロッパ大陸最西端のロカ岬だ。どこを見回しても岩また岩。灯台とカモイスの碑が妙に俗っぽく、自然の岩山の中で浮いて見える。もっとロマンチックな所かと期待して来たので、少しガッカリである。だか、日本のように土産物屋が軒を連ねていないだけでもホッとする。

     

    このロカ岬からカスカイスへと向かう。途中に「プライヤ・デ・ギンショ」(ギンショの浜)がある。きめの細かい白砂の浜では大西洋から吹く風に乗せて、大人も子供も凧揚げに興じている。なかでも、8つの凧を一直線に結びつけてブンブンと回転させる凧は圧巻、空高く舞い上がったかと思うと砂浜すれすれまで急降下する豪快なものだ。

     

    奥村さんと私は口を開けて凧の行方を見守っていたが、危険すら感じる迫力に走って逃げ回るほどだ。長い一日が終わってペンジョンに戻ると、「インドの大男」がフロントにいる。「彼の名前を今日こそ尋ねなければ」。彼の名は、イクバール・カリモ。例のごとく日本の話となり、カリモ曰く「ヨーロッパ人は日本人をニワトリと呼んでいるよ」と言う。それは早寝早起きだからだそうだ。

     

    奥村さんはすかさず「それならヨーロッパ人は、フクロウじゃないか、宵っ張りだからね」と応酬する。でも、日本では、もうニワトリ族よりフクロウ族が確実に増加しているのは明らかである。

     

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