No.19 Evora,Palmeira,Lisboa

2016.12.20 Tuesday 14:58
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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    春子とエボラのお喋り犬

     

    Dog 犬

    Dog 犬

     

    ポウザーダに帰ってみたら、春子が原稿を仕上げられずもたもたしていた。奥村さんは、自分で取ってきた仕事なので相当苛立っている。春子の文章は原稿を書く以前の問題で、国語の使い方が中学生でも、こんな文章は書かないだろうと思われるほど幼稚で誤字脱字が多い。

     

    辛抱強くて優しい奥村さんは、それでも何とか春子に書かせて自信をつけさせようとアドバイスに努める。しかし、親の気持ち子知らずというべきか、奥村さんが噛み砕くように丁寧に話せば話すほど、春子は増長して「これが私の文章です」とコピーライター風を吹かして口答えするばかりで、反省のいろはまったく感じられない。

     

    奥村さんは旅行中、彼女のプライドを傷つけないようにと婉曲的な表現で努力をしてきた。現代っ子の春子は、われ関せずのマイペース、人の意見を聞こうなぞと言う謙虚な気もちなど持ち合わせていないのだ。奥村さんは、今日まで良く我慢をしたものだと私も思う。

     

    原稿がのびにのびて、とうとう帰国間際になっても出来上がらない。ライター能力のない彼女を連れてきた私たちにも責任はあるが。しかし、この口答えのなかに「日本に帰ったらワープロも使えるし、資料もあるので書くことが出来る」という言い訳があった。それを聞いたとき洒落にもならないが「あ〜あ、春子は本当のコビーをするライターなんだ」と実感した。お先真っ暗、帰国してからが思いやられる。

     

    老人養護施設での感動も春子の態度でぶち壊しだ。暗い気もちになって外に出ると、ポウザーダ前に、顔だけがポヤポヤと荒毛になった茶色の犬が車の往来をものともせず寝そべっている。ハンサムで可愛い犬である。人が通ってもベターと寝そべって起きようとしない、なかなかの大物だ。犬猫好きの奥村さんは、ポルトガルに来てからやたらと撮りまくっていた。ポルトガル犬シリーズが出来るほどノラ犬、飼い犬かまわずカメラに収めている。

     

    私も輪をかけて犬猫好きなので、見つけるとすぐに奥村さんに撮影を命じてきた。しかし、この犬はいつもの調子と違ってカメラを向けると、お腹を出してひっくり返ってしまうのである。何度撮ってもひっくり返るので、諦めた奥村さんと私は10月5日通りの方へ歩き始めた。すると、その犬は急に立ち上がり、ドンドン私たちの後を飼い犬ぜんとしてトコトコついて来るではないか。10月5日通りの土産物屋を通り抜け教会の広場までやって来ると、やっと犬は私たちの前から去っていった。

     

    次の日も同様に寝そべっている。私たちが歩き出すとスクッと立ち上がり、後ろからついてくる。今度は何かを訴えるように「ウォンウォンウォン」と口をモゴモゴと動かし、吠えながら私たちの気を引こうとする。「ポルトガルの犬はポルトガル人に似てお喋り好きだな〜」と奥村さん。そんな冗談も出ないほど深刻な事態となった。

     

    昨日と違って何時までたってもついて来るのだ。さすがにうっとうしくなった奥村さんは「ポルトガル語であっちに行けってどう言うんだ」と私に聞く。「ヴァイ ラ」よ。「そうかヴァイ ラか」、奥村さんは大声で「ヴァイ ラ」と叫んだ。その途端、犬はピタッと止まりついてこなくなった。

     

     

    パルメイラの風車と白ごはん

     

    Windmill 風車

    Windmill 風車

     

    懐かしのリスボアへと向かう。途中には、画家の武本夫婦が話をしていたパルメイラの風車小屋が見える。パルメイラとは、ポルトガル語で「やしの木」のことを言う。パルメイラの町は丘の上にあった。丘を登るにつれ「あそこに風車が、ここにも」と子供の頃、絵本で見たようなお伽の国の風景が展開する。風車には、何故か夢がある。

              

    近くで見る風車は、遠くで眺めた印象よりずっと大きくガッチリとしている。風車旗はボロボロなところをみると、今は使われていないようだ。小屋には人が住み着いているとみえ、窓にはカーテンがかけられ人の気配がする。「どんな人が住んでいるのか、住み心地はどうだろうか」興味津々尋ねてみたかったが、留守中で聞くことができなかった。

     

    向い側の丘にはポウザーダがある。宿泊客は、部屋からこの風車小屋を眺めてメルヘンチックな世界に浸るのだろうか。パルメイラからリスボアまでは、道幅も広く快適なドライブができる。テージョ河にかかるヨーロッパ最長のつり橋『4月25日橋』を越えると、もうリスボアだ。

     

    リスボアを出発してから今日までの走行距離は、2675.3キロ。日本を縦断する距離を旅したことになる。予約しているリスボアの定宿「ペンション・ナザレ」に約1ヶ月ぶりに戻る。これからはスーツケースを持ち歩くこともなく、なによりも我が家に帰ったような気分がしてホッとする。

     

    観光局のジョアナ女史に電話をして、予定していたアルガルベ地方の取材中止を伝える。奥村さんの体調が良くないからだ。今夜は、久しぶりに中華料理を食べることにする。この長旅中に頭のてっぺんから足の先までポルトガル料理がつまった感じがして、気分転換が必要だからだ。

     

    ペンション前の通り「アベニーダ・アウグスト・アギアール」の突き当たりに中華料理屋がある。余り美味しいとは思えないが、白いごはんが食べられるだけでも感激である。「日本食でなくとも、白いごはんだけでも食べたい」というのが3人の一致した意見だった。ポルトガル旅行をしてわかったことだが、食文化の国際化が日本のように普及していないことだ。

     

    リスボアやポルトなどの大都市では国際化してはいるが、地方では皆無だ。思い起こせば、私の子供の頃の日本も今のようにピッツァやハンバーグなどはなかった。天正少年使節がポルトガルを訪れた折、各地で歓待を受け、少年たちは体調を崩し苦労していたという話を聞くにつけ、私たちは時代の恩恵で、こうして中華料理を口にすることが出来るのだから幸せ者だ。

     

    夕食を終えてペンションに戻ると、私が何時も「インドの大男」と呼んでいる、お気に入りの男が暇そうにしてフロントに立っている。この男は、モザンビーク生まれのインド人2世で家族そろってポルトガルに移住してきたのだという。彼はペンション従業員の中で一番博学で、日本のことも新聞などで読み勉強している。

     

    天皇の新居はいくらかかったとか、クリントンが訪日歓迎レセプションで肉を箸でつまみそこねてポロッと落としたとか、エリツィンのワイフ・エライザが宮澤首相夫人の案内で市場を訪れ「なんと物が豊富なのか」とびっくりした話など、日本人でも見落としているニュースを説明してくれる。

     

    このペンションには3人の従業員がいるがすべてインド人で、なかでも彼が一番愛嬌があり話やすい。それに加えて彼は、私たちの頼りになる水先案内人だ。CDはロッシオ広場のカフェ・スイッサの隣店「カルバーリョ」で買う事、金製品は「ルア・デ・オウロ」という通りへ行け、インド料理はここが安くてお得だなど、親身になってアドバイスしてくれる。こんなに世話になりながら、私が勝手に付けたあだ名しか知らない。明日にでも正式な名前を尋ねることにしよう。

     

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