No.17 Redondo

2016.12.18 Sunday 15:57
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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    レドンド

     

    Ceramic shop of Redondo レドンドの陶芸店

    Ceramic shop of Redondo レドンドの陶芸店

     

    激しい暴風雨も止み、静かな夜を取り戻した。お陰で熟睡、気もちのよい朝を迎えることが出来た。

    今日は久々の晴天、エストレモスからエボラへ向かう予定だ。そろそろ、この長旅も終わりに近づく。目的地エボラの手前にある町、レドンドへ立ち寄ることにする。

     

    車窓から見える風景は、相変わらず枯れ草に包まれた荒涼とした平原である。時折見えるコルク樫とオリーブの木々の間には、放牧された牛や羊がゆうゆうと草をはんでいる。この光景は、私が永年すんだカルフォルニアの砂漠にも似ている。

     

    やがて街道は傾斜を強めて丘へと登り、眼下には乳牛が眺められる。「奥村さん、あっ牛だ」と私が叫ぶと、彼は車を急停車させ一目散に崖っぷちへと突進、カメラを構える。と思いきや、10秒も経たないうちに真っ赤な顔をして大慌てで戻って来るではないか。

     

    「ハアハア」と息咳切りながら車に飛び乗る。「あ〜怖かった、牛を撮ろうと近寄ったら、2匹の牧羊犬が物凄い形相で僕に向かって来たんだ、噛まれるかと思ったよ」彼の顔は青ざめている。不審者が近づくと容赦なく攻撃するよう教育されていることは前記した通りだが、羊飼いが「私と一緒にいれば噛み付いたりしないよ」と言った言葉を思い出す。牧羊犬だけしか居ない時は注意が必要だ。

     

    ポルトガルの犬は、ほとんど放し飼いされている上に、どの犬も顔つきがポーッとして呑気な顔をしているので飼い犬かノラかの判断がつきにくい。だが、牧羊犬はどれも顔つきがピリリとして姿勢も良いので、はっきりと見分けることが出来る。

     

    ここから30分で陶器作りで有名な町、レドンドだ。今日は休日なので店は閉まっていると諦めていたのだが、逆に陶器屋さんにとっては稼ぎ時なのか開いている店が多い。画家・武本比登志さん宅で見たのと同様の皿も飾ってある。私も気に入っていたので、さっそく店に入ってみることにする。

     

    店には日本のように洒落たショーウィンドーはなく、皿が地面にむき出しに置いてあるだけだ。無造作に積み重ねられてはいるが、羊飼いや農作業など生活の匂いがする色彩かな皿を見ると、私たちが見て来たポルトガル情景にフィットして「なるほど」と納得させられるものがある。

     

    小皿は350エスクードから買えるのだから、ハンドメイドにしては格安だ。だが、素朴といおうか天真爛漫といおうか、商品の中には色がはみ出したのやら羊の目がずれて付いているやらで、注意して選ばないと抽象絵皿を買ってしまいそうだ。

     

    店内には灯もなく暗いので、目が慣れるまで待たないと絵皿を確認するのも難しい。入口には皺くちゃのおばあちゃんが杖をついて椅子に腰掛けているのだが、老眼で暗いところで物を見るのが不得手な奥村さんは、大分たってから「あっ、おばあちゃんが居る」と幽霊とでも出会ったようなギョッとした顔をしている。

     

    そのおばあちゃんは大声で「アメリア」と娘を呼ぶ。娘といっても、すでに50歳は越えているだろうか。「ボア・タルデ」(こんにちは)と挨拶すると、娘も「ボア・タルデ」と愛想よく応える。そして、珍しそうに私たち3人を見つめた。またしても「マカオから来た中国人か」との質問。「ソウ ジャポネザ」(日本人です)「ふーん」と残念な顔をする。

     

    私は「もしまけてくれるなら、何時でもマカオの中国人になりますよ」と言うと、おばあちゃんは「ワハハハ」と豪快に笑う。この店で皿を4、5枚買って次の店に移った。

     

     

    レドンドの岡本太郎

     

    Plate & Artisan 絵皿と職人

    Plate & Artisan 絵皿と職人

     

    広場を突っ切った消防署前に、陶器店がもう一軒あった。店内では、おじいちゃんがピーナッツの殻やタバコをいっぱい散らかした机の上に新聞を広げて読んでいる。面白そうなおじいちゃんなので、取材させてもらうことにする。彼は皿の絵師だと言うのだが、机には皿もなければ筆もない。「写真を撮れ撮れ」と勧められても、これでは何をしているのかもわからない。

     

    「今日は、お皿に絵を描かないの」と聞いてみると、「日曜日は仕事はしねえ」という。私たちは遠い日本からポルトガル取材をしに来たのだと告げると、急におじいちゃんは態度が変わり「メ ダ ピンセル」(筆をくれ)、「メ ダ ピンセル」と私に命令する。

     

    何事かと思ったら特別に絵を描くふりをしてやると言うのだ。続けて「メ ダ プラト」(皿をくれ)、とまたまた私を召使のように扱う。「まったく失礼なおじいちゃんだ」と思いながら彼の足元に目をやると、両足のない不自由な身体で杖までついているではないか。言葉はベランメー調で荒っぽいが気は良いおじいちゃんで、私たちのために「ヤラセ」をこれでもか、これでもかというくらい演じてくれた。

     

    彼は76歳、この仕事を始めて40年になるそうだ。「わしの皿は芸術じゃ」と自信満々。「二度焼きしているから割れんぞ」と我々が心配するほど、ハサミで「カンカン」と皿を割れんばかりに叩いてみせる。愛嬌のある芸術家じいちゃんだ。「芸術は爆発だ」の画家、岡本太郎さんと顔も仕種も似ている。どこの国にも、こういう人はいるものだ。気に入った皿を沢山買い込み、3人は満足してエボラに向かう。

     

    夕食場所を探してウロウロしていると、またも迷路にはまってしまい、ひと苦労。それでも何とかポウザーダが見えるところまで来た。すると、何やら良い匂いが漂ってくる。あたりを見回すと前方に大きな煙突があり、モクモクと近くの公園を包みこむほどの煙を出している。

     

    煙突の下にはレストランがあり、客が長蛇の列をなしている。中を覗いてみると、2メートル幅の巨大な炭火のグリルの上に、あじの開き状態の丸々一羽の鶏が50枚前後並べられ焼かれている。痩せの大食い春子は「キャーおいしそう」と叫ぶ。この店の煙は何キロ先にも届きそうだ。犬の多いこの地域では、近所のノラが匂いを嗅ぎ付けて集まり、ワンチャン・オンパレードになっても不思議ではない。 私たちの夕食は、勿論この「フランゴ・グレリャード」(ポルトガル風やきとり)に決定。やきとりは万国共通でおいしくて安い。

     

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