ポルトガルの窓から日本が見える No.31

2016.12.18 Sunday

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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

     

    Church of Santo Antonio Pedra サント・アントニオ・ペドラ教会

     

     

    露天掘りの大理石

     

    昨夜は酷い暴風雨、雨が窓から吹き込み床はビショビショ、ガラスは割れそうになるはでルームメイドを呼ぶ大騒ぎになってしまった。アンティークな雰囲気もよいが現実は厳しい。大変な部屋に泊まってしまったものだ。ルームメイドが持って来た雑巾も、あっという間に水膨れ。一段落しても風と雨が吹きつける音がやかましく、おちおち眠ってもいられない。旅行の折に必ず携帯する耳栓をして、やっと眠りにつく。

     

    翌朝、雨は止んだが相変わらず風は吹き荒れている。春子は、原稿の締め切り日が過ぎても書き上げられず四苦八苦、彼女はポウザーダでお残りとなった。私と奥村さんは近くの町、ヴィラ・ヴィソーザへ行くことにする。15世紀初頭、ブラガンサ公爵が広大な館をこの町に築き、天正少年使節が、この地で心温まるもてなしを受けたという歴史の街だ。

     

    この町に向かう街道沿いは大理石の産地として有名だ。採石場だろうか、ポコッポコッと白い大きな山がみえる。「そうか、あれが大理石の山なのだ」。ここの大理石は露天掘り、何トンもある四角い大理石の塊まりが無造作にゴロゴロと置かれている。大理石といえば日本では高価なもの、信じられない光景だ。土曜日ではあったが、幸いにも仕事をしている採石場があったので取材させてもらうことにした。

     

    ポルトガル産大理石は、主にイタリア、フランス、スペインなどに輸出されていて、訪れた採石場での一日の埋蔵量は150トン。「高級イタリア大理石といって販売しているけどね、ポルトガル大理石を加工したものが大多数を占めているんだよ」と採石場の従業員は語る。

     

    エストレモスからヴィラ・ヴィソーザ間には、至る所に白い山が点在する。まさに大理石の宝庫である。その恩恵を受けてか、ヴィラ・ヴィソーザの真ん中にあるプラッサ・レプブリカ(レプブリカ広場)は、石畳が大理石で埋め尽くされている。

     

    天正少年使節が訪れた教会、サント・アントニオ・ペドラ前の広場も大理石の綺麗なモザイクで飾られている。教会の裏側にも大理石で造られた可愛い小屋がある。近づいて見ると驚いたことに、そこは墓地。ポルトガルには家の形をした墓が多いが、きっと金持ちや貴族の墓に違いない。中には、日本のワンルームマンションより大きいものもある。

     

    日本の暗くて陰湿なイメージとは異なり、白い墓前には色とりどりの花や亡くなった人の写真が飾られ、墓石には故人を偲ぶ詩が刻み込まれている。そこに、家族が墓参に来ていた。「親戚のおばさんが数年前に亡くなってね、会いたくなると家族揃って訪ねて来るんですよ」と最年長の婦人が話してくれた。ポルトガルの墓地は賑やかで明るく、気も晴れ晴れとする。日本の墓地もこうあるべきなのに。これも豊富な大理石の演出あってのことか。

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