ポルトガルの窓から日本が見える No.27

2016.12.17 Saturday

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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

     

    Nuns 修道女

     

     

    修道院の生活

     

    一日休息を取ったので大分体調が回復してきた。今日はサンタ・ベアトリス・ダ・シルバ修道院を訪れることになっている。普段、修道尼以外は入館禁止とされているが、はるばる日本から訪ねて来たのだからと、観光局と修道院の特別な計らいで実現したのだった。

     

    ヴィゼウのホテルから車で20分ほどの所に修道院はあった。ここでは12人の修道尼が共同生活をしている。扉を開けると正面に30センチほどの格子のついた小さな窓がある。年輩の修道尼が窓越しに「私は外へは出られないので済みませんが、この鍵でドアを開けて自分で入って来て下さい」と言う。

     

    鍵を開けると、そこは接客室、訪問者が修道尼と対話できる唯一の場所だ。ここから先は、何人も入室が禁じられているのだ。だが、私たちは特別扱い、オフホワイトの床までの長いローブを身に着けた修道尼がチャペルに私たちを招きいれ、歓迎の讃美歌を歌ってくれた。

     

    彼女たちの一日は、5時50分の起床から始まる。朝食後、ミサと仕事、昼食休みが1時間40分、再び仕事、夕食は午後8時半、そして就寝。これが日課だ。仕事は司祭のローブや祭壇のカバーを飾る刺繍作業、その間、手の空いた修道尼が聖書や宗教関係の本を読み、作業中の修道尼に話して聞かせる。

     

    生活は自給自足、広い敷地内の菜園にはキャベツ、かぶ、イチゴ、トマト、豆、人参、たまねぎ、ブドウ、りんご、梨となんでも植えられている。その他、鶏、兎、アヒルなども飼っている。なかでも食用うさぎの小屋には、絞め殺すロープや鋭い包丁などが置かれている。

     

    この優しそうな修道尼たちが食料のためとはいえ、殺生をするのかと思うとイメージが湧かない。むしろ想像できないギャップから、おどろおどろしい感じさえする。牛肉は、週に一度、業者に頼んで持って来てもらうそうだ。飼育している量では賄いきれないのか、殺生を出来る限り避けたいと思ってのことかはわからないが。

     

    この修道院の最長老はイルマ(シスター)・デオリンダ。もうここに入って31年になるそうだ。修道院で修行を望む者は、まず手紙を書いて入院の許可をとる。それが受諾されると修道院に簡単に誰でも入ることが出来る。入院して6年目までは何時でも止めることが出来るが、その期間を過ぎると修道院で務めを続けるか否かの最終決断をしなければならない。一度、継続決断すると一生を修道院で過ごし、病気で病院に通う以外は外出禁止と言う厳しい戒律のもとに暮らすことになる。修道院の片隅には墓地もあった。ここで生涯を終えた修道尼たちが眠っているのだ。

     

    修道尼の日々は神に祈りを捧げること、生活は極めて質素で彼女達の部屋には小さな洗面所とタンス、それに粗末なパイプ製のベッドだけ。洗面所にはコップと使い古した歯ブラシと歯みがき粉。物が溢れる飽食の時代に暮らす私たちにとっては考えられない生活だ。

     

    しかし、彼女たちの表情は生き生きとして輝いている。きっと精神的に充実した暮らしをしているからに違いない。今日の日本は、物質的には豊になったが精神的なものが失われつつある。ここにいると何故かホッとして穏やかな気持ちになれるのだ。経済競争に明け暮れ、自失状態の日本人が裸の王様に見えて来る。

     

    こんなことを考えながら、ヴィゼウから22キロの郊外にある温泉、サン・ペドロ・ド・スルに向かう。ここは、カルダス・ダ・ライーニャの温泉病院に比べるとリゾード化しているように思われる。4時からオープンするこの温泉、まだ30分前だとういのに長蛇の列が出来ている。この地の人々にとって日常不可欠な施設になっているようだ。

     

    この施設には、温泉プールもあるので子供達もいっぱい、レジャー機能も備わっている。その昔ローマ人が使用していた風呂もここには残っていて、周辺の公園にはあちらこちらから鉱泉のイオウの臭いがする。「時間があったら入ってみたいな」と温泉好きの奥村さんは、詰まったスケジュールを恨み残念がる。

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