No.12 Pinhao,Lamego

2016.12.16 Friday 11:13
0

    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    フォアグラになった日本人のお話

     

    Vineyard & Oive tree Pinhao ブドウ畑&オリーブの木 ピニョン

    Vineyard & Oive tree Pinhao ブドウ畑&オリーブの木 ピニョン

     

    ギマランイスからポルトワインの郷、ピニョンを経てカザル・ロイボの「ツリズモ・デ・アビタソン」に着く。ピニョンから6キロ、その家は山のてっぺんにあった。オーナーは、マヌエル・サンパイオ・ピメンテル。彼は、ポルトで車販売会社の役員をしていたが2年前に大事故にあい、その後は仕事をやめて、ここに移り住んだのだという。

     

    「ツリズモ・デ・アビタソン」は2階建、上階はプライベイト住居、1階が共同使用住宅、地下には6室の客室がある。貴族のなれの果てとみえ、1910年にポルトガル王制が廃止された時に広大な土地は全て没収され、残ったのがこの家と少々のブドウ畑だったと言う。

     

    1733年にマヌエルの先祖が住み始めてから、彼で5代目だ。家具は18世紀のもの、ポルトガル軍とイギリス軍が協力してナポレオンを撃退した時に兵士が使ったという分厚い皮製のキャンピング・ベンチ、テーブルの上にはピストル2〜3丁が何気なく置いてある。いずれも歴史物で、そこらの博物館より見応えがある。

     

    この地方はドウロ地方と呼ばれ、代表的産業はブドウ栽培。畑で働く人たちのための高カロリー「ぶっ込みシチユー・ランショ」が名物だ。マヌエルの使用人のおばちゃんが私たちのために、わざわざ手料理を作ってくれた。

     

    材料は牛肉、とり肉、豚の耳と足、チョリソ(ソーセージ)、たまねぎ、人参、じゃがいも、スパゲッティー・パスタ、グラン・デ・ビッコ(ひよこ豆)、オリーブ油、塩、コショー、それにピリピリと呼ばれる唐辛子、にんにく。これらの材料を1時間グツグツと煮込んだら出来上がり。労働者の食事なので、ちょっと塩からかったがとても美味しい。

     

    マヌエルは英語が堪能で、英国風辛口ジョークを話すソフィスティケイトなポルトガル貴族といったところだ。博学でおもしろい男だった。彼は、この宿を3人の使用人と一緒にきりもりしている。奥村さんは、ポルトガルにやって来てから言葉が通じず不自由な思いをしていたので、ここぞとばかりに英語で水を得た魚のごとく話しまくる。

     

    10月に入ってからは、毎日雨が降ったり止んだりの天候、今日もまたまた同じ。だが、雲に見え隠れする景色も趣があって悪くない。この「ツリズモ・デ・アビタソン」からは、黄色や赤に染まったブドウ畑が眼下に広がり、白い雲とのコントラストが何とも素晴らしい。

     

    午前中は雨だったが午後になって陽もさし始めた。ラメゴに午後6時30分に到着、ギマランイスから250キロも運転してきた奥村さんはヘトヘトになっている。今日の宿は「アルベガリア・ド・セラード」。午後7時に観光局の人との約束があるので3人とも慌てて身支度をしてロビーに下りたが、一向に現れる気配がない。

     

    40分ほど経過して、私たちが諦めて夕食を食べに行こうとした時、色白の紳士が息を切らせて跳びこんで来た。40分の遅刻だ、ポルトガル人だから仕方ないか「郷に入れば郷に従え」である。彼は、ラメゴ観光局のジョルジ・オゾリオ氏。彼は遅れて来たことを詫び、ロビーにあるバーでジョルジお薦めの1927年物のポルトワインを食前酒としてご馳走してくれた。ほどよい甘さでマイルドな香りが口の中に広がった。

     

    ジョルジは35歳、背が高く、ちょっと気弱そうに見えるが誠実な人だった。夕食は、彼のお気に入りのレストランですることになった。レストランに入るとウェイターたちは常連の彼に愛想よく挨拶をする。ジョルジは大きなえび、イカ、いろいろな魚の入ったおじや風ともパエーリャ風とも言える料理、バカリャウ(たら)、ステーキなどをドンドンと注文する。テーブルに運ばれた料理は、日本だったらゆうに10人前以上の量である。彼は、日本の宴会の席のようにワインを、ちょっと飲むとすぐに「どうぞ、どうぞ」と注ぐ。

     

    アルコールに弱い奥村さんと春子の顔は、みるみるうちにゆでダコのように真っ赤になってゆく。今日でポルトガル生活3週間目。あっさり派の奥村さんは過労とオリーブ油で体調を崩しているが、せっかくのご好意だからと無理やり料理を口に詰め込む。

     

    ジョルジに気づかれないようにと、笑顔を見せながら私に「もう限界、食べ物が口の所まで一杯で気もち悪い」と言いながらも、彼にすまないと必死に食べ続ける。フォアグラの飼育を思い出させる。何処に行ってもポルトガル北部料理の量は半端ではない。

     

    翌日10時の約束をして彼と別れる。その後、奥村さんは這いつくばりながら自分の部屋に戻った。言うまでもなく、その夜、彼は食べ過ぎで七転八倒の苦しみを味わったようである。私はといえば、部屋にカメ虫が現れたのでマクラで追い払ったり、部屋には日本製の暖房器具が備え付けられていたので、洗濯びよりとばかり、夜にもかかわらず洗濯をする元気が残っていた。

     

     

    ラメゴ名物は発泡ワインと人情

     

    Inside of monastery Saojoaodetarouca サン・ジョン・デ・タロウカ修道院内部

    Inside of monastery Saojoaodetarouca サン・ジョン・デ・タロウカ修道院内部

     

    昨日、ジョルジ・オゾリオと10時に約束したが、気がついたら今日は日曜日。ポルトガル人は休日には働かないので、ちょっと心配になる。そんな心配をよそにジョルジは約束どおりやって来た。彼の案内でムゼウ・デ・ラメゴ(ラメゴ美術館)を訪れる。美術館の一室には2メートルもの高さのある一対の薩摩焼きの花瓶があった。

     

    ひとつは15世紀から16世紀の日本の戦場画で、家紋の入った戦闘旗を揚げた武士が入り乱れて戦っている様子を描いたものであった。もうひとつは「キオト」と書かれているが、絵柄や色が中国風に見える。日本を題材にはしているが、私たちからは奇妙に見える逸品だ。その部屋には、椿のアズレージョもあった。余りにも私たちが椿のアズレージョに興奮するのを見たジョルジは、もっと沢山ある場所へ案内すると言い出した。

     

    ジョルジの運転で、ラメゴから車で30分ほどのサン・ジョアン・デ・タロウカに行く。この町は、キリスト教シトー派によってポルトガルで最初に建造された修道院がある。日曜日だというのに雨が降っていることもあってか、人っ子ひとりいない。修道院の中に入ると、美術館で見たのと同じようなアズレージョが4千7百余枚も壁いっぱいに貼りめぐらされているのには驚く。花と動物をデザインしたものが多い。

     

    隣室には、高さ2メートル、重さ1トン、花崗岩を素材にしたイエスを抱くマリア像が飾られている。他のマリア像と違い、いかにもポルトガル風でふくよかだ。チャペルの家具は、その昔ブラジルから運ばれたパオ・ブラジル(ブラジルの木)を材料にして作られている。ポルトガルでは、かつての栄光の産物という意味なのだろうか、パオ・ブラジルをマデイラ・ノブレ(高貴な木)と呼んでいる。

     

    その家具の中には珍品もある。何に使うのか、ついたての形をした10メートルもあるマデイラ・ノブレが一列に立てられている。「これは立って座れる椅子ですよ、ちょうど腰の高さにある半月形のベロをパタンと倒すと補助椅子になるんです。長いミサで僧侶が疲れないための知恵、ミサは厳粛な雰囲気を保ちながらも椅子に座ることも出来るんです」とジョルジは柄になく悪戯っぽく話す。

     

    長いローブを着ると、それこそカモフラージュされて立っているとしか見えないであろう。いかにも、ラテン人らしい発想、名づけて「横着椅子」。ベロをパタンとたたむとエンゼルの顔が見える、ユーモアたっぷり、皆で大笑いする。

     

    もう一つの傑作は、2階に取り付けてあるパイプオルガンだ。オルガンを弾くと、すぐ側にある木製のキリスト像が音楽に合わせて手を広げ、口を動かすカラクリの仕掛けになっている。シトー派はお堅い人達ばかりだと思っていたがユーモアに富み、なかなかのアイディア集団であったとみえる。

     

    修道院案内人の男は、足が不自由で両杖をついている。彼は信じられない早さでまくしたて、いつまでたっても話が止まらない。閉口。帰途、ワイン工場に立ち寄る。日曜日で休みなのではないかと思ったが、あにはからんや工場は開いていた。当然である、今日がブドウ収穫最後の日、ワイン工場の仕事で一番大切な日だったのだ。

     

    工場の側には広大なブドウ畑が拡がり、地下には花崗岩を利用したワイン蔵が造られている。気温は常に12度、湿度は100ペーセント以上に保たれている。ワイン蔵はヒンヤリとして、時おり天井から水滴がポトポトと落ちてくる。赤・白・ロゼのワイン、シャンペンあり。

     

    「各ワインは樫か栗の木の樽で寝かせ、1年の生産高は35万本、常時300万本は有りますよ」と工場長は自慢気に語る。モンターニャ地方のラメゴは小さな町だが、発泡性ワインでは全国的に有名、そして何よりジョルジに象徴される誠実で真面目な気質はこの町の宝である。観光局のジョルジは休日にもかかわらず、私たちのために一生懸命に案内してくれた。「ジョルジありがとう」

     

    だが、2晩連続の彼の接待で、ついに奥村さんはダウン、丈夫なはずの私までワインと食べすぎで体調を崩してしまった。明日は100キロ先のスペイン国境に近い町、シャーベスに撮影のために向かわなければならない。どうしよう。

     

    (重要)ここに掲載する記事、写真等は全て著作物です。

    著作権法に従って無断転載を禁止します。記事を利用される方はご連絡お願い致します。

     

    Comment