No.7 Alcobaca,Nazare,Batalha,Fatima,Conimbriga,Coimbra

2016.12.14 Wednesday 11:01
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    ポルトガルの窓から日本が見える

     

    筆者の吉田千津子、カメラマンの奥村森、コピーライターの春子、

    3人でポルトガル42日間の旅、ポルトガルを通して日本を考察する

     

    文:吉田千津子 写真:奥村森

     

     

    どちらが本当のポルトガル

     

    Sun-dried fish in Nazare ナザレの魚天日干Sun-dried fish in Nazare ナザレの魚天日干Sun-dried fish in Nazare ナザレの魚天日干

    Sun-dried fish in Nazare ナザレの魚天日干

     

    今朝、アルコバッサを出発する前に春子に代わって奥村さんが書いた原稿をホテルからファックスで日本に送る。8枚送るのに30分以上もかかった。もっと驚いたことに代金がなんと17600エスクード、8で割ってみると1枚が2200エスクードとなる。この4つ星ホテルの宿泊費が1泊、1人、6000エスクードだから、ほとんど3日間のホテル代に匹敵する。「えー、ウソ、ホント」と春子は叫んだ。

     

    リスボアのペンションでは、ファックス代は500エスクードだったのに、ボラレたのかもしれない。私は文句も言わずに払ってしまった、一生の不覚、後悔しきり。「明日、観光局の人に言いつけてやるぞ」いくらなんでも酷すぎる。ホテルの女主人は「これでも郵便局より安いのよ」と嘘をつく、バカヤロー。

     

    今日の取材は、観光地ナザレ、バターリャ、それにカトリックのメッカ、ファティマである。ナザレは、アルコバッサから12キロ離れた町、夏になると賑わう観光客の姿は今はなく、みごとな白砂の浜辺に荒波が打ち寄せ、カモメの大群が砂浜をギャーギャーと鳴きながら占領している。

     

    ナザレは観光地にもかかわらず純朴な人が多く、とても親切で感じが良い。海岸では地元のおばちゃん達が2、3人忙しく働いていた。50代とおぼしき日焼けしたおばちゃんは「わたしゃ、もの心ついた時から、ここで働いているよ」といいながら大きな洗面器に入った塩水の中からザッーと、あじの開きをすくい上げる。それを砂浜に陽が当たるよう、斜めに立てかけた一畳ほどの大きな網に規則正しく並べてゆく。もう200枚以上はあるだろうか。あじの干物は2日間海岸で天日干しされて出来上がる。

     

    この時期、彼女たちは朝4時から夜9時頃まで働くのだという。元気のよさには感服する。だが、ここでも若者はカッコよい仕事につく傾向があり、漁業の後継者問題は深刻だとおばちゃんはボヤいていた。ポルトガルで有名な鰯(いわし)は、夏ではなく1月に干すのだそうだ。

     

    ナザレからバターリャ、ファティマに向かう。途中ガソリンを入れる。無鉛ガソリンは1リットル145エスクード(116円)なり。バターリャの町は小さいが、その規模に不釣合いな大聖堂がある。この大聖堂にはジョアン1世が祭ってあり、聖堂内はゴシック様式とエマヌエル様式が調和して独自の美をかもしだす。

     

    ファティマは世界中のカトリック信者巡礼のメッカで、1917年5月13日に3人の羊飼いの子供が「ロザリオの聖母」をコーヴァ・デ・イリアで見たことがきっかけとなり、毎月13日には敬虔な信者が集まる。とりわけ、5月13日と10月13日にはポルトガルをはじめ世界各国からのカトリック信者が来訪、広場はうめ尽くされる。

     

    私たちが訪れた日は30日、人はまばらだが聖堂の側ではローソクを灯して祈る信者、広場から聖堂に続く長い歩道を膝まづいて祈りながら聖堂へ歩む信者の姿がポルトガル人の信仰心の深さを象徴する光景だった。私たち日本人は、冠婚葬祭などの宗教儀式以外は神仏と関わることも少ないが、ファティマの日常的な信心の深さを見るにつけ、日本人のご都合主義な宗教観が浮き彫りとなって見えてくる。イミテーション社会を反省すべきだとつくづく思う。

     

    陽も暮れはじめ、そろそろ宿を探さなければならない。つぎの目的地、コインブラに向かう。ファティマからコインブラまでは93キロの道のりだが高速道路を利用したので、あっという間に到着、高速料金は700エスクード(560円)。

     

    大学都市・コインブラはポルトガル第3の都市だけあって、交通量も多く人口密集地なのでホテル探しのための駐車もままならない。人々もセカセカとして落ち着きがない。市内での宿泊を諦め、郊外の宿を探すことにする。だが、何処も満員、おまけに料金がベラボウに高い。

     

    もと来た道を引き返すと、コンデシャという町に出る。この町は、コインブラとローマ遺跡で有名なコニンブリガの中程にある。夜なのに街灯もなく真っ暗で寂しい。これ以上探しても宿が見つからない。仕方なしに目の前のボロペンションと交渉開始、背の高いおじさんが出てきた。私たち以外に客の気配はない。おじさんは「部屋はこちらです」と案内してくれる。

     

    ポルトガルで宿泊する際には、必ず部屋を事前に見てから宿泊料の交渉をする。部屋はガタガタのベッドにタンスだけの粗末なもの、予算節約のため、この程度の宿でガマンすることにする。ところが交渉にはいると、このおじさんがなかなかの曲者「お1人様1晩、1万エスクードです」という、そんな馬鹿な、春子でさえも怒っている。

     

    「4つ星ホテルでも6千エスクードで泊まれるのよ、馬鹿も休み休み言いなさい」とさっさと帰ろうとすると、このおやじ「それじゃ、3人で1万2千エスクードにします」と慌てていう。もう遅い、私たちは充分に気分を害している。

     

    そこで「私と春子で9千にしたら、泊まってあげる」とブッキラボウに言う。彼は折れて交渉成立。1人3千エスクードでも高いぐらいだが、夜も更けているので仕方がない。部屋の壁には十字架が、机の上にはマリヤ様が描かれた聖書が置いてある。「カトリック信者の恥さらしめ」私は宿のおやじを思い出して叫んだ。

     

    ポルトガルに来てからポルトガル人は素朴で親切で働き者というイメージがあったので、このおやじに会ったショックは大きい。「どんなところにも、厭な奴はいるものだ」そう自分に言い聞かせるしかない。それでも収まりがつかない私は「顔は日本人だが日系ブラジル人だ」と大嘘をついた。

     

    失礼なことをされて泣き寝入りする馬鹿な東洋人には絶対になりたくないと思ったからだ。今日一日で、神聖なポルトガルと下劣なポルトガルを見せつけられた思いだ。

     

     

    コインブラの一日

     

    Coimbra Library コインブラ図書館

    Coimbra Library コインブラ図書館

     

    昨日降った雨もやみ、今日はコインブラの取材。四つ星ホテル・チボリ・コインブラにチェックイン、新築の明るいホテルだったのでひと安心。観光局のクリスチーナが迎えに来てくれる。彼女はコインブラ大学卒のエリート、ちょっと丸くて肌は浅黒い。リスボア観光局のジョアナに比べると愛想はないが笑うととても可愛い。

     

    この町はコインブラ大学を中心に発展した都市、他のポルトガルの町が若者の流出で高齢化が進むなか、珍しく若い学生で溢れている。コインブラ大学には古い歴史がある。とりわけ図書館は18世紀バロック後期の造りで、天井は天使のネオ・クラシック調の絵で飾られ、家具はブラジル独特の木・シンテッコで作られ荘厳な雰囲気、建物ひとつ見ても博物館そのものだ。

         

    本棚は、ポルトガルの植民地だったマカオを彷彿とさせる中国風の細かい金泥細工が施され、館内は西洋と東洋がうまく融合して独特な文化を生み出している。その棚は、床から天井まで整然と並べられた貴重な歴史的書物で埋めつくされている。ここに保存されている本は50万冊もあり、全てマイクロフィルムに納められ、当館地下の閲覧室で見ることが出来る。

     

    この資料の中には「プルグリナソン・デ・フェルノン・メンデス・ピント」という日本に関する古書も含まれているとのこと、許可が下りれば撮影可能かも知れないと奥村さんは興奮気味。大学のすぐ側には、ムゼウ・ナショナル・デ・マシャード・デ・カストロ(マシャード・デ・カストロ国立博物館)がある。この博物館には、ローマ人が造った地下道があり圧巻そのもの。この地を観光で訪れる人は必見の価値がある。

     

    市内にあるセ・ノーヴァ(新カテドラル)とセ・ヴェーリャ(旧カテドラル)を見学した後、コニンブリガへと向かう。コニンブリガは前記の通りローマ遺跡で有名な所だ。ここからローマまでモザイクの道で延々と結ばれていたという。この大規模なローマ遺跡はまだ発掘が一部しかなされていないが、完了すれば画期的な歴史遺産になることだろう。それにしても、この壮大なロマン、ローマは偉大なりだ。私達が訪れた時、4、5人の若者が発掘に精を出していた。彼等は大学で考古学を専攻し「実習で発掘の手伝いをしているんだ」と語った。

     

    夜はクリスチーナに世話になったお礼に食事をご馳走することにする。彼女は「美味しいレストランを知っているから、そこで夕食をしましょう」と提案。食いしん坊の私たちは早速でかけることにした。

     

    コニンブリガを出ると真っ暗で舗装もしていないガタガタ道、そのうえクリスチーナの運転がF1レーサー・セナよろしく「飛ばすは、飛ばすは」寿命が縮む思いだった。コインブラから19キロ離れたカンタニェーデという小さな町に、そのレストランはあった。こじんまりとした一軒家で、中に入ると家庭的な雰囲気のレストランだ。すでに1組の家族が食事をしている。

     

    まずは食前酒、そしてオードブル「なんだこれは」私たち3人はオッタマゲてしまった。オードブルの皿が60センチ以上はゆうにある、丸ごとキャベツがドンと半切りした状態で、直径10センチのチーズの塊が3種類、大きなサラミが1本丸のまま、メロンの大切りにパイオ(ハムとサラミのあいのこ)とフレッシュ・チーズが数えきれないほど沢山ブスッブスッと大胆にナイフで刺して盛ってある。

     

    こんなオードブル見たことない、これがオードブルならあとはどうなるのだろう。大食漢の春子と私でさえ恐怖におののいた。小食の奥村さんは目を白黒させて「どうしよう」とキョロキョロしている。実は、私たちがショックだったのは量だけではなかった。

     

    昨日から贅沢をしすぎて予算オーバー「今日は粗食で」と決め込んでいたからなおさらである。3人は食べる前から胃が重く、気分が悪くなっていた。オードブル後も、ご馳走が「出るは、出るは」もうこうなると拷問だ。ホテルにたどり着いた時は、皆疲れきって食べ物の話をするのも厭になっていた。

     

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